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2012年7月29日 (日)

「ドリカ・フェ」はウエストコーストをテーマのオープンライブでした

楽しい時間を過ごさせてもらった。リンダ・ロンシタットの影響は物凄かったんだなと思わされた。

そう言う私はイースト・ウエストあまり関係ない人間なので、気軽にオープンマイクに参加させて頂いた。若干気分を害した人がいたかもね・・・ !!

1、ダウンバイザ・リバーサイド
2.人間だから(オリジナル)
3、僕らの国(オリジナル)
4、朝の雨(ゴードン・ライトッフット)
5、旅人の子守唄(ゴエレベル・リーブス)
6、労務者とはいえ(ボブ・ディラン)
7、俺たちゃひるまない(黒人霊歌)

の7曲を唄わせて頂きました。

坂本龍一さんの「フクシマのあとに声発しないことは野蛮である」の言葉に後押しされるように、命の大切さや人間という存在を噛み締めながら歌いました。

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『リンダ・ロンシタット』というミュージシャン・・・

ドイツメキシコイングランドの血を引く両親の間に生まれる。父親もミュージシャンで、10代からギルバート&サリバン(アーサー・サリヴァンウィリアム・S・ギルバート)などを聴き始め、その他にもビリー・ホリデイサラ・ヴォーンなどの女性ジャズシンガーなどに影響を受けながら、カリフォルニアへ移り、音楽へ傾倒し始める。

アリゾナ大学を1年で退学した後1967年、3人組のバンド・ストーン・ポニーズのボーカルとしてデビュー。このグループのリーダー、ボブ・キンメルは、当初リンダをフィーチャーした5人編成を予定していたが、グレイス・スリックをフィーチャーしたジェファーソン・エアプレインが「あなただけを(Somebody to Love)」のヒットを放って脚光を浴び、さらにエレン・マクファーレーンをフィーチャーしたスパンキー&アワー・ギャング(Spanky & Our Gang)がデビュー、といったように出し抜かれ、当初の5人編成のプラン変更を余儀なくされた。このバンドは当時、一世を風靡していたママス&パパスラヴィン・スプーンフルの流れを汲む、カントリー&ウェスタンの要素が取り入れられたフォーク・ロックのグループであった。1967年、セカンド・アルバム『Evergreen Vol. 2』からのリカット・シングル「悲しきロック・ビート」が1968年になってベスト・テン入りを果たすビッグヒットとなって一躍注目を浴びた。しかし、その後はヒットは出せず、バンドは解散した。

バンド時代から「レコーディングはリンダ1人で」と誘われることが多く1969年、すんなりソロ・デビュー。自ら作詞・作曲はせず、新曲でもない、ほぼ全曲、過去に世に出たカバー・ソングを歌う。カーラ・ボノフJ.D.サウザーなど、当時あまり売れてなかったミュージシャンの曲を取り上げ世に出したことでも知られる。ソロ・シンガーとして注目されはじめるのは1970年のシングル「ロング・ロング・タイム(Long Long Time)」のヒットからで、この頃から1970年代のウエストコースト・サウンド・ムーブメントの中心で活躍する女性シンガーとして次第にその名を知られるようになる。バック・バンドのメンバーとして集められたドン・ヘンリーグレン・フライバーニー・レドンランディ・マイズナーは、ロンシュタットの後、イーグルスとして独立した。

バンド時代とソロ2枚目あたりまではカントリーフォーク中心の曲構成だったが、徐々にロック色を強め、1971年にバックバンドを務めたイーグルスのナンバーやオールディーズナンバーをロック的なボーカルスタイルに変えて人気を得た。優れた声量と色艶のある声の持ち主である。イーグルスの名バラード「ならず者(Desperado)」をカバーしたことがあり、こちらも熱唱として知られる。

爆発的な人気を得て、その存在を知られるようになったのは1974年のアルバム「悪いあなた(Heart Like A Wheel)」をヒットさせてから。1977年には『夢はひとつだけ(Simple Dreams)』、1978年には『Living In The U.S.A.』などの全米No.1アルバムヒットを記録した。シングル・ヒットではバディ・ホリーのカバー「It's So Easy」などが有名。1986年には、長編アニメ映画「アメリカ物語」の主題歌「Somewhere Out There」をジェームス・イングラムとのデュエットで大ヒットさせた他、1987年にはエミルー・ハリスドリー・パートンとの夢の競演アルバム『Trio』を発表、その後も1989年にはネヴィル・ブラザーズのメンバーの一人、アーロン・ネヴィルとのデュエットで「Don't Know Much」をヒットさせるなど、数々のデュエットナンバーを多く歌う切っ掛けとなった。

ストレートな黒髪のロングヘアとアメリカ人にしては珍しいベビーフェイス、小生意気そうな意外と太い声と、これまた意外とスタイル抜群で、当時の洋楽誌でオリビア・ニュートン=ジョンスティーヴィー・ニックスフリートウッド・マック)と三大美女と扱われることがあった。

自身のソロ活動だけでなく、イーグルスやニール・ヤングジェームス・テイラージャクソン・ブラウン、J.D.サウザーなどのアーティストとも深い交流を持つ。付き合う男の服装の好みで格好を替えるため、ミック・ジャガーと噂があった際はホットパンツでステージに登場し、スタイルの良さを披露した。また、ミック・ジャガーが「君にはロックが足りない」と言うと「あなたにはバラードが足りない」と言い返したという。イーグルスの代表曲の一つ「Witchy Woman」やローリング・ストーンズの「Tumbling Dice」は、彼女のことを歌ったものである。「Tumbling Dice」は自身がカバーしたこともある。1990年代に入るとジャズシンガーに転向、またメキシコ音楽にも挑戦するなど、現在も国民的大歌手である。(ウィッキ)
※今は病気療養で引退しているとのことです。

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でも毎晩寝苦しい夜が続きますが、よく汗をかきます。水分補給は忘れずに、外にいてどうにもならない時は喫茶店で、体を休めることも一つでしょ・・・・・・

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コメント

リンダ・ロンスタッドはよく聴いてます、
カントリー・ロック風の1970年代までの彼女が好みです。

ダッフィーさん、ロンシタットは素晴らしいシンガーですね。

ファン層も広くて、おじゃましている皆さんからブログでも絶賛のコメント出されています。

私もリンダ大好きです。若い頃のあこがれの人でした。
そういえば数年前に、当時のブッシュ大統領をステージ上で批判する発言をして、コンサートが中断、退去させられる事件がありましたね。

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