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2012年4月17日 (火)

「55 Days in Peking」 邦題:北京の55日」 by Brothers Four

この曲は私が子どもの頃に聴いたのはバンジョーであったような気がする?

1900年初夏山東省蜂起した義和団清国進出した西欧勢力キリスト教徒

から追放しようと勢力増し、ために北京城外国人たちの不安は高まった。この頃

イス少佐チャールトン・ヘストン)の米海兵隊北京城に来た。秘密に包まれた紫禁城

奥で、清朝西太后フローラ・ロブソン)が側近の端郡王ロバート・ヘルプマン)と寵臣

将軍レオ・ゲン)たちの密議中で義和団の力を利用して外国勢力一挙に国外追放

ることを決め、団を蔭で後援することにした。ルイスロバートソン卿(デイヴィッド・ニー

ヴン)の主催する舞踏会ロシア男爵未亡人ナタリーエヴァ・ガードナー)に会い、一目

2人は互いに強くひかれた。だが、ロシアに帰らねばならないナタリー旅支度をしている

情勢急変した。ドイツ公使路上義和団たちに殺されたのである。この現場を偶然

ホテルから見た少佐はその指揮官郡王西太后報告抗議したが、逆に彼女は各国

外交団北京城退去警告した。この日、義和団外国人居住地対す攻撃開始

れ、ナタリー篭城余儀なくされた。11ヵ国の外国人たちは一体となって防衛した。ナタリ

野戦病院看護婦として働くことを惜しまなかった。少佐天津救援軍へ連絡のた

北京城脱出したが失敗、城へ帰るため敵中潜行、やっと帰りついたとき、ナタリー

死を聞き暫し虚脱した。火炎瓶作戦などで少数連合軍55日間篭城に耐えた。そし

砲煙の間から救援の軍が姿を現し城内外国人たちは狂喜した。見事戦い遂えたので

ある新し任地出発するルイス少佐はこの戦い孤児になった混血娘を連れて思い

出深い北京城を後に、名物黄塵中に消えていった。(資料参照添付)

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