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2011年6月22日 (水)

相次ぎ広がる「災害障がい者の死」 毎日新聞の調べから

甚大な被害をもたらした今回の東日本大震災は、社会的弱者である「障がい者」や「独居高齢者」に対応できるすべがない、また「過労死」まですでに起っている。病院や施設も自治体自体も崩壊・倒壊し完全な機能不全を起こしてしまっているのが現状です。

ましてや厚生労働省も震災関連死を「把握していない」と平然と言ってのけ、対策を講じないでいる。

また、マスコミ・メディアも復興の一面しか取り扱わないでいる。これでは死者は浮かばれない。

医療施設がないため、日本各地から専門知識を持ったメディカルスタッフが集まらない・医療機器メーカ―も業界あげて乗りだしている訳ではない。海外では難民救済のために働く多くの日本人と、活動のノウハウを持っているが、国・政治はなにをためらっているのだろうか?釈然としないのは私だけだろうか・・・

以下、今起こっている実態の一部を、毎日新聞の記事から知って頂きたい。

東日本大震災:知的障害者、相次ぐ急死…避難先で発作など
 東日本大震災と東京電力福島第1原発事故で避難した高齢者らが慣れない避難先で死亡する「災害関連死」が問題化する中、原発周辺の入所施設から避難した知的障害者の死亡が相次いでいる。毎日新聞の調べでは少なくとも11~67歳の男女4人が死亡し、中には津波で夫が行方不明となった妻が知的障害者の長男を災害関連死で失うケースもあった。専門家は「知的障害者は苦痛を伝えにくい上、多くは持病などを抱え、長時間の移動や環境の変化が致命的影響を与える場合もある」と警鐘を鳴らす。

 ◇苦痛伝えにくく
 原発から約5キロの福島県富岡町の知的障害児施設「東洋学園」に入所していた小野卓司さん(当時23歳)は震災翌日の3月12日、入所者ら計約200人と同県川内村の系列施設へ避難し、避難指示範囲の拡大に伴い夜に村内の小学校へ移動。周辺住民と一緒の慣れない環境からか落ち着かない入所者が相次ぎ、13日に同県田村市の通所施設(定員40人)に移った。28日夜、持病のてんかんの発作が起き、服薬で収まったが、間もなくあおむけのまま動かなくなり、29日正午過ぎ、救急搬送先で死亡。逆流した食物でのどを詰まらせたとみられる。

 「本当に(頭の中が)真っ白になりました。3週間で2人が……」。同県新地町に住む母みね子さん(55)は嘆く。漁師の夫常吉さん(56)も震災当日に海へ漁船を見に行ったまま戻ってこない。

 卓司さんは幼いころ呼びかけても振り向かなかった。障害が判明した時、夫婦は「一緒に育てよう」と励まし合ったが、卓司さんは外に飛び出しては家に戻れなくなった。小学校に上がる時、東洋学園に入所。障害は重く、成人後も着替えや入浴に介助が必要だったが、みね子さんは学園行事に必ず出かけ、盆や正月の帰省時は常吉さんが車で連れ出した。車中や母の手料理の並ぶ食卓で卓司さんはいつも笑顔だった。

 「ずっと続くと思っていた」日々は震災で一変した。「でも、私は2人に守られた気がするんです」とみね子さん。多くの家が津波で流された中、自宅は無事だった。今、卓司さんと一緒に施設にいたやはり障害者の次男(22)が気がかりだ。「いつもお兄ちゃんが近くにいた。今あの子はぽつんとしているのじゃないかと」

 東洋学園では他に千葉県鴨川市の青年の家に集団で再避難した20日後の4月27日、小学6年の久保田菜々さん(当時11歳)が授業中に施設前の海でおぼれて死亡している。

 福島県相馬市の障害者支援施設「ふきのとう苑」では大内恵美子さん(当時54歳)が急性循環不全で急死した。原発事故で協力病院の医師らが避難したため3月23日、他の入所者と群馬県渋川市の施設へ6時間かけて車で移動。30日午前7時過ぎ、受け入れ先の職員がたん吸引した際は異常なかったが、同8時ごろ朝食を運ぶと動かなくなっていた。

 「何で、と最初は思いました」と、福島県飯舘村の姉美恵子さん(62)。恵美子さんは長年同村の実家で暮らし、美恵子さんの3人の娘も「えみちゃん」と慕った。歌や踊りが好きで、村の盆踊りで3年連続で仮装の賞をとったこともある。

 40代になるとてんかんの発作が頻繁になった。両親が相次ぎ亡くなり、風呂場やトイレでも倒れて目が離せなくなり施設に入所。骨折で車椅子に乗り、声も十分出なくなったが、美恵子さんが週1度訪ねる度に笑いかけてきた。「恵美子は今は、両親のところへ行ってゆっくりしているのだと思いたい」と美恵子さんは言う。

 他にも富岡町の知的障害者施設「光洋愛成園」の67歳男性が3月12日に福島県三春町の避難所に移動、4月15日に群馬県高崎市の国立障害者施設に入り、5月5日に高熱のため病院に入院して6日未明、肺炎のため亡くなった。

厚生労働省は障害者施設利用者の災害関連死を「把握していない」としている。

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(毎日新聞 2011年6月16日) (最終更新 6月17日 9時13分)

もっとも心配される事案だ。「原発」の影響がますます深刻だ。
環境の変化が大きいし地震・津波のショックも要因している。慣れない避難所生活や知らない人達との関係もストレスになる。どんな対応がベストなのか?
ささやかでも元の暮らし、環境に戻ることが良いわけだが、それがなかなかすすまない。
 3ヶ月を経過しても、被災地に暮らす障がい者や高齢者に配慮がない。大災害等へのリスク管理が全くなかったということである。
東日本大震災を境に「価値観が変わった」とすると、今後どうすればいいのか。
安心感を得るにはどうすればいいのか。真剣に考えなければならない課題である。

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コメント

fumiさん、アドレス問題は一応解決しましたので、今後はお邪魔させて頂きます。

タウン・ワンダーさま
何とか送信できていたようですね。
よかった。
ただ前のコメントを削除していただけますか?
facebookは平気ですがメールアドレスは公開したくありません。
ご面倒をおかけいたしますがよろしくお願いいたします。

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