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2010年3月16日 (火)

フォークソングの元祖 「ジョー・ヒル」 (1)

しばらく『フォークソング』について書いてみたいと思っています。私より沢山の事を知っている方がいる事を承知の上での書き込みです。テーマは「人物」です。

If I Had a Hammer:Songs of hope & struggle by Pete Seeger /Joe Hill( ジョー・ヒル)を聴いているところです。

”ジョー・ヒル”はフォークソングの元祖といわれた人物です。(18379-1915)

故国スエーデンを離れニューヨーク東側地区に弟のポールと来たが、あまりの貧困に耐えられず弟は西部に旅立ち、やがてジョーもポールを追って西部を目指し放浪の旅が始まった。

その途中で異様な一団に出くわした、それは各地で労働組合を作り推進しているIWWという連中だった。

さらに放浪生活をしながら、途中鉄道のレール運びをし、その苛酷な労働に憤って待遇改善を訴え、闘いを高めていった。やがてサン・デュゴについたジョーは、救世軍の唄う前で労働運動の演説をしていた男が警官に排除されるのを見て不思議に思ったそうです。なぜ救世軍がよくて、こちらの演説がいけないのであろうかと。

その日からジョーの作詞活動が始まった。替え歌で労働運動を提唱するジョーに、さすがの警察官もお手上げだった。そしてジョーは1913年正式にIWWに入会した。

レストランで皿洗いして料理人たちを、また炭抗で働いて炭抗夫たちを、替え歌で労働運動を煽動していったのです。

ある日ジョーは銃撃をうけて医者に駆け込んだが、まったく身に覚えのない「雑貨屋殺し」容疑者として翌日に逮捕されてしまった。証言はジョーに不利なものが続き、ついには有罪判決がくだされた。

ジョー・ヒルは 33歳という若さで、短い遺書を残して処刑場に向かった。彼の灰は彼の意思通りに、IWWの手によって各地の支部に送られた。

彼の手法は古い歌に新しい詩を載せる替え歌という手法で、労働や生活の実態を広く人々に伝えるシンガーだったのです。

この手法はウディ・ガスリー、ピート・シーガーらに受け継がれていったのです。

日本では1971年映画「ジョー・ヒル」監督ボー・ヴィデルベルイ。で上映されました。

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